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東京地方裁判所 昭和23年(ヨ)16号 決定

東京都杉並區淸水町二百六番地

申請人

平野力三

右訴訟代理人辯護士

戸倉嘉市

丁野曉春

橋本三郞

東京都千代田區永田町

被申請人

内閣總理大臣 片山哲

申請人は被申請人を相手方として、別紙のような仮処分を申請し、疏明甲第一号証乃至第四十四号証を提出した。よつて審理の結果、つぎの通り決定する。

主文

被申請人が昭和二十二年勅令第一号第四條に基いて昭和二十三年一月十四日にした申請人を公職追放の覺書該当者とする旨の指定の効力は、申請人から被申請人に対する右指定の無効確認等の本案判決確定にいたるまで、その發生を停止する。

理由

本件仮処分命令申請の当否を判断するにあたり、まずその前提をなす内閣總理大臣のした公職追放該当者の指定の無効なることの確認等を求める本案請求が、裁判所において審判し得べきものであるか否かの点を考える。覺書該当者の指定は昭和二十二年勅令第一号(公職に関する就職禁止、退職等に関する勅令第四條により内閣總理大臣が公職適否審査委員会の審査の結果に基いて行う行政処分である。右勅令は連合國總司令部発日本政府宛昭和二十一年一月四日附覚書(公務從事ニ適セザル者ノ公職ヨリノ除去ニ関スル件)に基くものであり、しかして右覚書は降伏文書(一九四五年九月二日)に由來する至上命令でありて超憲法的性格をもつものである関係上、右勅令に対しては、他の一般法令に対すると異り、裁判所が違憲審査權を行い得ないこと勿論であるが、政府が右覚書の趣旨を実行するため國内法の規準に從つて右勅令を制定し、行政処分の形式をもつて具体的事件につき個々の措置を講ずるものである以上、その措置が法令に違反するときは、とくに連合國總司令部の命令または特段の立法的措置のないかぎり、裁判所は一般行政処分に対すると同じく、その当否を審判し得るものと解するのが相当である。その違法処分につき別に昭和二十二年勅令第六十五号(昭和二十二年勅令第一号の規定による覚書該当者の指定の解除の訴願に関する勅令)の認める訴願なる行政上の救済制度があるからといつて、國民から裁判を求める權利を奪い得ないことは、憲法第三十二條第七十六條の趣旨に照して明らかである。

つぎに違法なる覚書該当者の指定につき裁判所に救済を求めるには、まず前示訴願の手続を経なければならぬ、との意見のあることが考えられる。しかし、法令にその趣旨の定めのない以上、行政廳に期待して訴願をするか、あるいは最初から裁判所に出訴するかは、自由に選択し得るところであると解するのが相当であるから、この意見は採用し得ない。

よつて本案請求權の存否について判断を與える。甲第一号証(昭和二十三年一月十四日附内閣總理大臣から平野力三宛各書面)第二号証(昭和二十二年十二月三十一日の朝日新聞中「審査委員会非該当の判定の理由」と題する部分)、第三号証(昭和二十三年一月二十二日の読賣新聞中「權力に弱い國民岩淵辰雄」と題する部分)、第四号証(一月十五日附大河内一男の手記)及び甲第四十三号証(昭和二十三年一月三十日附岩淵辰男の証明書)を合せ考えると、つぎの事実につき疏明ありといえる。昭和二十二年十二月二十六日に開かれた央公職適否審査委員会において、申請人に対する資格審査が行われ、全委員意見を開陳して討議した結果、七対二の比率をもつて、申請人は覚書該当者に非ず、ということに決し、その旨の理由書を作られた。しかるに同委員会委員長牧野英一は、同月二十九日の委員会の席上この件につき再審議を提案した。そして昭和二十三年一月六日の緊急委員会、同月九日の委員会においても、この問題につき多少討議するところがあつたが、深く立入つた審議をすることなく同月十三日の委員会を迎えた。この日の委員会ににおいては、十二月二十六日の非該当の決議を維持するや否やを投票により決することとなり、その結果五対四の比率をもつて前決議を維持しないことに決し、翌十四日被申請人によつて、申請人が覚書に該当する旨の指定がなされた。右投票の前夜、牧野委員長は白銀委員とともに委員大河内一男宅を訪問し、同委員に対し、委員岩淵辰男を除く他の委員が申請人を覚書該当者とすることに連絡がついた旨を告げたため、大河内委員は翌日の委員会において覚書該当とする旨の投票をしたところ、開票の結果は前記のごとくであつたので、意外の感に打たれた。かねて、七対二をもつて十二月二十六日の決定を再確認するか または全員一致をもつて覚書該当と決定するか、そのいずれかが委員会のとるべき正しい態度であるとの考えをいだいていた大河内委員としては、岩淵委員一名はともかく、他の全員が一致して該当投票をするのでないかぎり、十二月二十六日の委員会において決定した結果に從つて行動するつもりであつたというのが眞意であつて、大河内委員の投票は錯誤に基くものであつた。かように一應認められる。

新聞の傳えるところによると、大河内委員は、甲第四号証(一月十五日附手記)を作つたのち、中央公職適否審査委員会太田事務局長を通じて、この手記の事実を否認するがごとき声明を発し、その後また内閣記者團の質問に対して、この声明にも本意でない部分がある旨の発言をしているようであつて、いずれが眞相かわかりにくいとの感を一般に與えているようにもみえるが、疏明の扱いとしては、東京大學敎授たる大河内委員が署名捺印までした最初に発表した文書の記載に信をおくのが、一應妥当な態度であるともおもわれる。もとよりこれは一應の認定である。終局的な認定は本案訴訟において、証明手続によりなされるべきである。

一月十三日の投票による決議は單に十二月二十六日の決議を維するか否かに関するものであり、申請人に対する該当非該当の決議ではないとの疑いもないわけではないが、この点に関する判断はしばらくおき、かりに一月十三日の決議が申請人に対する該当の有無を決定する趣旨のものであつたとしても、大河内委員の投票は前記のごとく錯誤に基くものであつて、この錯誤がなければ反対の非該当の投票をする意思であつたのであるから、少くとも同委員の一票は瑕疵あるものというべきであり、しかもこの一票が決議を左右する重大の瑕疵は結局決議全体に対する重大なる瑕疵を生ぜしめたものといわなければならない。

内閣總理大臣が覚書該当者の指定を行うには、審査委員会の審査の結果に基かなければならない。即ち、内閣總理大臣は、その自由裁量によつて覚書該当者の指定を行い得るものでなく、適正なる審査の結果に基いてのみその指定を行うべき法律上の責務を負うものであつて、瑕疵ある審査の結果に基いて覚書該当者の指定を行うことは、違法であるといわなければならない。被申請人は前記のごとき重大なる瑕疵ある審査の結果を採択して、申請人を覚書該当者と指定したのである。審査の結果に瑕疵ある以上、被申請人としては、よろしく再審査を委員会に求めるべきであつた。これを看過して覚書該当者の指定を行つた以上、その指定は違法な行政処分として、取消をまぬがれない。申請人のこの点に関する本案請求は一應理由ありといえるのであるから覚書該当の事実なきに拘らずこれありとして指定を行つたとの申請理由については、その判断を省略することにする。

進んで仮処分をなすべきか否かについて判断を與える。行政処分はその性質上すべて適法であるとの推定を受けるのであるから、その当否に関する訴の提起によつて、直ちにその処分の効力が停止せられるものでないのが原則であるが、その当否の審判をなし得る官廳において必要ありと認めるときは、右の停止をなし得ること、行政裁判法第二十三條但書に明記するところであつた。行政裁判法が廃止された今日、この点に関する直接の規定はないが、日本國憲法の施行に伴う民事訴訟法の應急的措置に関する法律が、その第八條において、行政廳の違法な処分の取消または変更を求める訴の出訴期間を定めたことにかんがみると、このいわゆる行政訴訟については、他の法律に別段の規定がないかぎり、民事訴訟法に基いた審判させる法意であると解するのが適当であり從つて本件のごとき行政処分の執行の停止については、できるだけ同法における仮の地位を定める仮処分の規定を準用するのが相当であると考える。

甲第四十四号証(昭和二十二年二月二日附申請人の証明書)によると、本件覚書該当指定が申請人に送達されたのは昭和二十三年一月十五日であることが認められる。その後二十日の期間満了をもつて一切の公職を失うこと昭和二十二年勅令第一号第三條によつて明らかであるから、このままでおくと、申請人は二月五日以後現に開会中の國会に出席し得ないのはもとより、一切の公職から追放され、多年活動してきた政治家としての生命を失い、回復すべからざる著しい損害をこうむることになる。この損害をさけるためには、主文のような仮の地位を定める仮処分をするのが相当である。なお申請は一月二十七日になされ、一方申請人は前記のごとく二月四日かぎり公職を失うことになつて、いるのであつて本件はまさに急迫なる場合にあたるから、口頭弁論を経ずして、主文の通り裁判した次第である。

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